わすれていたにおい Vietnam

40度近くもある炎天下の中、黙々と農作業を続ける人々。

​その逞しさ力強さが、あれだけの米軍の爆撃に耐え、ついに米国に勝利した原動力に違いない。

 ベトナム最期の王朝、グエン朝(1802年~1945年)の都が置かれた古都フエ。町の中央を大きなフォンザン川がゆったりと流れ、そのほとりには、王宮、寺院、皇帝廟などの歴史的建造物がある。その城壁のあちこちに銃弾の跡があり、かつてこの町がベトナム戦争の激戦地であったことを物語っていた。

 私は、フォンザン川に面したフエホテルという安宿に泊まりながら、毎日ホテルで借りた自転車に乗って、フエ郊外の農村部へ撮影に出かけた。

 延々と広がる広大な田園風景。ちょうど稲刈りの季節で、多くの農民が農作業に汗を流していた。私は、宿の娘に教えてもらったベトナム語で挨拶をしながら、農民たちの働く姿を撮影した。日中40度近い猛暑の中、黙々と鎌をふる人々。水牛で田を鋤く老人、荷車に刈り取った稲を積み上げる青年。落ち穂拾いをする少女。すべての光景が牧歌的で、まるでミレーの絵をみるようだった。私は夢中でシャッターを切ったが、あまりの暑さに、わずか数十分で疲れてしまい農家の軒下で休んだ。

 さいわいこの農家は売店も兼ねており、冷たいサトウキビのジュースを買うことができた。それを飲みながら、休むことなく働き続ける農民たちの姿を眺めていると、土や草の匂いに混じって、刈り取られた稲の束から芳醇な香りが漂ってきた。稔った稲の香りをかぐのは気持ち良いもので、なぜか安らかな気分にさせてくれる。私の祖父たちがまったく同じように稲刈りをしていた光景を思い出し、まるで子供の頃にタイムスリップしたかのような錯覚にとらわれてしまった。

 陽が落ちはじめ、農民たちが帰り支度をはじめる頃、私は彼らに撮影の礼を述べ、自転車をこいでフエの町にもどった。帰り道は夕陽にそまり、フォンザン川に架かるチェンティン橋を白いアオザイ姿の女子学生たちが渡っていく。その様子が背景の静かな町並みと相まって、とても美しかった。